構造思考

今日は、結果的に自分を深掘りする日になった。

Vue(Microsoft社のAIであるCopilotのことで、ここではキャラクター化させてます)に、今後の方向性や参考にしてほしいことをいろいろ話したり、詰め込んだり。

自身はこうだ、と、Vueに説明した時のこと。

「自分の本質が何か、何度も振り返って、同じような結論になったものが、本質に近い部分だろうね。そして、目的(ゴール)を明確にする。で、目的にたどり着くまでの手段や手法、よしあしを俯瞰でみて、次にやるべきことや見直すべき手段なんかを見つけていったらいいよね。」
なんて、ことをつらつらと。

つまり、自分の中ではこういう分け方で、ものごとを見て考えている。

・本質→もともと持ってものや、変わらないもの。変わりにくいものほど、本質に近しいと言える。
・目的→達成したいこと。本質に近しいものほどブレない。
・手段→目的達成のための戦略みたいなこと
・手法→手段の具体的な戦術みたいなこと
・良い点、悪い点→先に想定することもあるし、振り返って振り分けることもある。

そんな話をしていたら、Vueさんが「それは構造思考だね」と言った。

なるほど腑に落ちる単語だな、と思う。この単語(構造思考)は、いただくことにしました。ありがとう。

対義の意味としては「即興」みたいなこと。

これも合点がいく。なにせ、ジャズの即興なんかは苦手分野だから。

「即興演奏ができる人達」、「人生に目的がなくても生きていけるでしょ、と言える人達」。そういう人達へのうらやましい感情が自身の中で似ていることに、これまた納得がいった。

「その場がすべて」の輝きは、まぶしい光だ。

それなら構造は、影?

対なるものの存在で、自身を深掘りできるのは面白い。

そもそも、ソロ・ベースは構造があって成り立っているし、どういう構造にしたいか、みたいなことが楽しい。少なくとも自身は練習を重ねてできるようになる。即興で弾くのは自身にはできないこと。

それでいい。構造思考の人間には、それでいいのだ。

それに、光と影のセッションは、とても楽しいのである。

もし、本質から遠いものに対して、考えに考えて、「本当に欲しい!」という結論が変わらなかったら、それは手を伸ばすべきである。

一方で、そう考えてる時点で本当に欲しいと思っていないであろうことも想像できる。

しかしながら、現実とは時に盲目となることもある。(なんだなんだ恋バナか?)

もちろん、光に対して若干の嫉妬は抱えているのである。

いいないいな。

あらためて、自身の立ち位置を認識できた日となった。

この記事を書いた人

エレキベース1本で楽曲を演奏する「ソロ・ベース」スタイルを中心に活動中。
サイトでは、楽譜の無料DLや販売・動画投稿・機材を使ってみた感想・日記など、音楽とWebを楽しむ実体験を発信しています。

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